■熊野古道とは
和歌山県南部の熊野三山への参詣路。

紀伊山地をたどる遠隔参詣路で、その道筋はさまざま。熊野街道とも言います。

京から難波(なにわ)を経て海岸沿いに田辺へ、田辺から山間を本宮に至るが紀伊路で、途中遥拝(ようはい)休憩路は田辺から山間をたどる中辺路(なかへち)に分かれます。

伊勢を回る伊勢路、十津川路、北山路、高野山を経る高野路、大峰山中をたどる修験の峰入路などがあります。

2004年(平成16年)「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

■熊野市内の熊野古道一覧

【1】曽根次郎坂/太郎坂   

【2】二木島峠/逢神坂峠
【3】波田須の道
【4】大吹峠道
【5】観音道
【6】松本峠道

【7】熊野市街
【8】風伝峠道
【9】通り峠道と丸山千枚田
【10】本宮道/川端(川丈)街道
【11】浜街道(北)


■歴 史
熊野周辺は、日本書紀にも登場する自然崇拝の地でした。

907年の宇多法皇の熊野行幸が最初と言われています。熊野三山への参詣が頻繁に行われるようになったきっかけは、1090年の白河上皇の熊野行幸からと言われています。白河上皇はその後あわせて9回の熊野行幸を行いました。これにより京都の貴族の間に熊野詣が行われるようになりました。その後、後白河上皇も33回の熊野行幸を行っています。

江戸時代に入ると、伊勢詣と並び、熊野詣は、広く庶民が行うようになったと言われています。一時は、熊野付近の旅籠に一日で800人の宿泊が記録されたこともあったようです。

明治維新後、神仏分離令により熊野古道周辺の神社の数は激減します。熊野詣の風習も殆どなくなってしまいました。熊野古道自体は、大正から昭和にかけて国道が整備されるまで、周囲の生活道路として使用されつづけられました。

■伊勢路 ~伊勢神宮から熊野三山への参詣道~ (世界遺産)

伊勢路は、三重県の伊勢神宮から和歌山県南部の熊野三山(本宮大社・那智大社・速玉大社)へと通じる参詣道です。


熊野市内には、多くの参詣道があり、市内で本宮大社へ向かう本宮道と、浜街道を通り速玉大社へ向かう道に分かれています。