コラム① 「クマノザクラの発見」

◇日本の野生のサクラの種類
 日本には約10種の野生のサクラがあると言われます。地域によって少し特徴が異なる変種や雑種などを区分すると40~50くらいに分かれ、さらにみなさんよくご存知の’染井吉野’や’河津桜’などの栽培品種、つまり人の主観で決める分類体系もあるので、非常にややこしいです。大切なポイントは、野生植物の分類としての「種(しゅ)」と、人間の利用しやすい呼び名で区分する「栽培品種」を分けて考えることで、栽培品種はたくさんあるけれども、大本となる「種」としては日本のサクラは約10種でクマノザクラはその「種」の1つということを覚えていただければ大丈夫です。

 こちらの図に挙げたものが日本の野生のサクラです。ただ、この中で「カンヒザクラ」は、本当に昔から日本にあったのか、それとも台湾あたりから人が持ち込んだものが野生化したのか、諸説あって、本来は野生として扱われる種ではない可能性もあります。ここに、クマノザクラが新たに種として加わったため、「約」10種と言えると思います。代表的な4種と皆さんご存知の’染井吉野’、そしてクマノザクラを比べてみましょう。

ヤマザクラ:西日本に広く分布しており、白い花と赤い葉が同時に出てくるのが特徴です。他の植物が芽吹く前に咲くので山の中でよく目立ちます。奈良県吉野山が有名で、千年以上続くヤマザクラの名所です。関西の明るいお姉ちゃんといったイメージでしょうか。

カスミザクラ:九州から北海道、朝鮮半島や大陸まで非常に広く分布しており、東アジアのメジャーな種です。花の形はヤマザクラに似ていますが、開花期が遅いのが特徴です。ヤマザクラとは違い、他の植物が動き出した後に開花するので埋もれがちなこと等から、地味な田舎のお姉ちゃんといった印象です。

エドヒガン:東北から九州、朝鮮半島南部まで広く分布しています。花が少し色づいており、花の時期にはまだ葉が出てこないため、見ていて非常に美しい種です。成長して大木となり、神社などで名木として残されるようなものはエドヒガンが多く、雅なお姉さんのように思えます。

オオシマザクラ:伊豆大島の「大島」から名を取った種で、伊豆諸島に分布しています。花が非常に大きく、花と一緒に出てくる葉は緑です。別名では白旗桜とも呼ばれ、源氏を頭とする東国の武家さんのようなイメージで覚えてください。
今は紀伊半島でも見られ、元々は無かった串本町などでも山一面に野生化したオオシマザクラが見られます。

なお、みなさんご存知の栽培品種’染井吉野’は、オオシマザクラとエドヒガンをかけあわせた子どものひとつです。みんなに愛されるアイドルのイメージで捉えてもらえたら良いと思います。
※オオシマザクラとエドヒガンの子どもが全て’染井吉野’になるわけではなく、たくさんいる子どもの中で1人だけが’染井吉野’と呼ばれています。’染井吉野’は全て接ぎ木で増やしたクローンなので、たくさんあるけれども、遺伝的には1つの個体ということになります。

クマノザクラ:そしてクマノザクラは、引きこもり美少女といったイメージでしょうか。熊野の山奥に引きこもって、これまで誰にも知られていなかったけれど、実はめちゃくちゃ可愛い、という設定です。

◇クマノザクラの発見
 森林総合研究所の勝木俊雄さんは、今から10年以上前、「ヤマザクラ」として紀伊半島で採取された標本を見ました。どうみてもヤマザクラではないけれど、当時の文献情報では紀伊半島の南には野生種はヤマザクラしかないとされており、疑問に思ったことがクマノザクラへ関わる最初のきっかけになりました。2013年の紀伊半島の調査では、花がずいぶん咲き終わり葉が出ている頃で、当時は「オオシマザクラの野生化したものか、ヤマザクラと混ざったもの?」と思って、奇妙に思いながらも新種とは結論付けられなかったそうです。

勝木さんはどうしても気になってその後も調査を続け、2016年に那智勝浦で明らかにピンクの濃いサクラがたくさん咲いているのを見つけました。花をよくよく見ても「これは今まで自分が見てきたサクラの範疇には収まらない」という感想を持ち、その後、和歌山県林業試験場とも協力して調査を進め、少なくとも名前が付けられるレベルだろうということで「クマノザクラ」という和名を付けました。はじめは言いやすく語感も良いという単純な理由で名付けられたそうですが、その後の調査で分布エリアとしても「クマノザクラ」と呼ぶにふさわしいことがわかってきました。奇遇にも、熊野本宮大社が分布域のほぼ中心に位置しています。

この調査にあたっては日本樹木医会三重県支部の支部長の奥田さん、所属されている樹木医の中村さん、森林総合研究所の勝木さんの3人で2014年頃から三重県を中心に調査を始め、ようやく2016年に見つかったというのが、発見の経緯だそうです。

◇クマノザクラの特徴
 近縁と思われるヤマザクラやカスミザクラと比較して、クマノザクラの特徴を見てみましょう。

〇花の色:クマノザクラは花弁の色がついているものが多いです。ヤマザクラは純白でカスミザクラは色づくものが多いことから、どちらかというとカスミザクラに似ているかもしれません。
〇花序の数:1つの花芽につき、ヤマザクラは3~4個、カスミザクラは2~3個、クマノザクラはだいたい2個の花が付き、クマノザクラがやや少ない印象です。

〇花の柄の長さ:枝から花に繋がる花序柄(青丸部分)がヤマザクラやカスミザクラと比べてぐっと短いのがクマノザクラの特徴です。花柄の付け根(赤丸部分)の苞はヤマザクラが非常に細くて小さいのに比べ、クマノザクラやカスミザクラはわりと大きめで、これも見分けるポイントです。
〇葉の色:ヤマザクラは裏面が白っぽいのですが、対してクマノザクラやカスミザクラの葉には白っぽさはありません。
〇葉の形:ヤマザクラは葉の縁のギザギザが低く、同じ形でそろっています。クマノザクラやカスミザクラは深いギザギザでやや粗いため、専門用語では「粗い重鋸歯」と表現します。

※葉で見分ける時の注意:短枝(ほんの少しだけのびた短い枝)に葉が数枚だけ付いているものが、特徴を観察しやすい葉なので、そうしたものを見つけること。

全体通して見れば、やはり明らかにヤマザクラとは異なり、どちらかというとカスミザクラに近い印象で、遺伝的にもカスミザクラと近縁だろうとされています。異なる種と認められる上で、最終的に決め手となったのは開花時期の違いでした。

◇クマノザクラの開花時期
開花状況は、年と場所によって異なります。2017年に古座川で行なった調査時の例では、クマノザクラは3月中旬から咲き始めて4月上旬頃で咲き終わり、ヤマザクラは4月中旬から下旬にかけて咲いていました。基本的に、クマノザクラがある地域はヤマザクラも生えていることが多いのですが、開花期がきっちりと分かれていて、両方とも咲いていない時期があるというのが特徴的な現象です。

2017年4月8日時点では、クマノザクラは完全に花が終わって実が大きくなり始めており、ヤマザクラはまだ蕾が固い状態でした。生物として考えた時に、開花期がこれだけきっちり分かれていると交配ができないため、まったく異なる種だと言えるわけです。
 分布域が広いので、開花時期を簡単に説明することは非常に難しいです。やはり南の海沿いの那智勝浦のあたりは開花が早いようで、例年だと2月下旬には咲きはじめます。奈良県へ行けばぐっと遅くなって、場所によってはどうも4月の中下旬くらいまで咲いているようです。クマノザクラは地域によって咲く時期が異なりますが、長ければ2か月くらいの間、紀伊半島のどこかで咲いていることになります。
ポイントは’染井吉野’よりもやや早いことです。クマノザクラの開花時期は知られていなくても、’染井吉野’の開花予想情報は出ていることが多いので、’染井吉野’が咲きはじめるかどうかといった時期にクマノザクラが一番の見ごろを迎えている可能性が高いです。